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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)27号 判決

原告

北村安枝

被告

小阪京子

主文

一  (本訴について)

原告の被告に対する別紙記載の交通事故に基づく損害賠償債務は金一二万二九三〇円を越えて存在しないことを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

二  (反訴について)

反訴被告は反訴原告に対し金一二万二九三〇円を支払え。

反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その九を本訴被告(反訴原告)の、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 原告と被告との間で別紙記載の交通事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 反訴被告は反訴原告に対し二〇〇万円を支払え。

2 反訴費用は反訴被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 反訴費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  別紙記載のとおりの交通事故(以下本件事故という。)が発生した。

2  被告は右交通事故により上口唇腫脹、上門歯々折(二本)左足打撲の傷害を受け、左の通り通院した結果右傷害は完治した。

(1) シミズ外科病院に昭和五五年二月一八日から同月二六日の間五回通院し、治療費五一二五円を要した。

(2) 浅井歯科医院に昭和五五年二月一九日から同年四月九日の間八回通院し治療費一六万六三五〇円を要したが、将来なお歯四本を入れる必要があるとの診断である。

原告は右(1)(2)の治療費を全て支払つた。

3  昭和五五年五月一二日に原告と被告との間で次のとおりの示談が成立した。

(1) 原告は被告に対し、既払い金四〇万円(但し昭和五五年四月一〇日二〇万円、同二日二〇万円)を含めて一切の支払金として二〇〇万円を支払う。

(2) 本件事故による後遺障害が生じた時は被告は自賠責保険に被害者請求手続をする。

(3) 右の外被告は原告に対し何らの請求もしない。

4  原告は被告に対し示談成立日に一六〇万円を支払つた。

5  被告は示談成立後、原告に対し眼の治療を理由に金員の要求をするので、原告は昭和五五年九月一六日治療費名下で金七万七〇七〇円を支払つたが、被告はなお反訴請求のとおり債権を有すると主張している。

よつてその存在しないことの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。しかしながら、その他に眼に傷害を受けており未だ完治していない。

3  同3の事実は認める。示談は、眼の症状による損害部分を除いてのものである。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実のうち、七万七〇七〇円の支払いを受けた事は認め、その余は争う。

三  反訴請求原因及び本訴抗弁(以下本訴原告反訴被告を原告、本訴被告反訴原告を被告という。)

1  事故の発生

別紙記載のとおりの交通事故が発生した。右事故は原告の過失によるものである。

2  被告は右事故により本訴請求原因2の他に視力障害の傷害を受けた。

3  右傷害による苦痛は甚大でありこれに対する慰藉料としては少くとも二〇〇万円が必要である。

4  よつて、原告は被告に対し右損害額二〇〇万円の支払義務があるから被告はその支払いを求める。

四  反訴請求原因本訴抗弁に対する認否

1  1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生と責任

本訴請求原因1及び反訴請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、右事実によると、原告は被告に対し本件事故による損害を賠償すべき不法行為責任がある。

二  被告の受傷の内容程度

1  被告が本件事故により上口唇腫脹、上門歯々折(二本)、左足打撲の各傷害を負いシミズ外科病院に五回及び浅井歯科医院に八回それぞれ通院し、なお将来四本の歯を入れる必要が生じる可能性を残し乍らも一応被告の受けた傷害は完治したこと、及び、右治療費全額を原告が支払つたことは当事者間に争いがない。

2  ところで、成立に争いのない甲第一〇、第一一号証、乙第二号証、同第四ないし第七号証、証人本田孔士の証言及び被告法定代理人小阪篁子の尋問結果並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

被告は、後記示談交渉当時から眼の異常を訴えており昭和五五年七月一〇日及び一一日の二日間京都市南区西九条南小路町七吉川眼科病院で診察を受け外傷性両眼視機能不全症と診断され暫く様子をみることとなつた。その後、被告には本件事故を誘因とするものと考えられる心因性の中心視力低下(事故以前は左右各一・〇あつた視力が〇・六、ときには〇・二まで低下した。)、視野狭窄並びに軽度の近点調節障害の各症状が発生し昭和五五年七月二一日から同五六年三月四日までの間京大医学部附属病院眼科に転院して約二週間に一度の割合で通院し治療を受けていた。その間同病院精神科でも受診したが担当医師はいずれも心因性のもので治療方法としては患者の関心をそらすのが適当であるとされた。昭和五六年三月四日の時点では被告の視力は矯正視力として一・〇視野狭窄の程度は二〇度で日常生活への障りはあまり考えられず、近点調節障害は既に治つておりその余の症状も一進一退を繰り返えし昭和五六年三月四日以降現在まで通院はせずに日常生活を送つている。

三  示談の成立とその効力

原告・被告間に昭和五五年五月一二日本訴請求原因3(1)ないし(3)記載のとおりの示談が成立し既払金四〇万円を控除した示談金一六〇万円が原告から被告に支払われたことは当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いのない甲第二号証、乙第八号証の一、二、証人林三次の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三号証及び同証人の証言並びに被告法定代理人小阪篁子の尋問結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

被告及び被告法定代理人篁子は大原野農業協同組合共済事業担当者林三次立会の下に原告と示談交渉を重ね、林は交渉の経過に従つて示談案を示し示談書(甲第二号証参照)を作成した。篁子は林が提示する示談案について満足していたが示談成立の当日になつて将来後遺障害が顕在化してくるのを心配して右示談書中に加筆訂正するよう希望したので同示談書二項但書が書き加えられ原告において後遺症について責任をとる旨の別紙(乙第八号証の一、二参照)が作成された。示談当時被告は既に眼部の異常を訴えており母篁子もその正確な症状は別としてこれを自覚していたが、原告との示談交渉の過程で右症状は直接の交渉事項にされていなかつた。賠償額は原告の最初の掲示額の一〇〇万円から順次一五〇万円、二〇〇万円と上積みされ折衝が重ねられた末最終的に二〇〇万円で合意に達した。ところが、原告は示談成立日に被告の父親が参加していなかつたため後日同人から異論をさしはさまれることのあるのを危惧したので篁子は同女の父親である安田一郎において被告の両親から後日苦情を申出ることがないよう責任をもつから示談して欲しい旨の同人作成の書面(甲第三号証)を差し入れた。

以上の事実が認められる。右事実によると本件示談において示された当事者双方の意思は、示談当時被告に生じまた生ずることが予見できた全損害に関し解決することにあり、将来予期し得なかつた重大な後遺障害が発現した場合には原告は誠意をもつて解決する趣旨と解せられる。被告は、具体的に眼部についての損害を留保して示談をした旨主張するけれどもこれを認めるべき証拠はなく、被告法定代理人小阪篁子の尋問結果のうち右主張に添う部分は直ちに採用することはできない。

そうすると、被告側において示談当時既に眼部異常を明確な傷病名はともかくある程度認識しており、かつ、これに伴う損害も織込み加算済みであるというべきである。

しかしながら、右示談後、前記のとおり京大病院で受診するようになつてから際立つて視力及び視野が低下縮少しており心因性のものであるとはいえ本件事故に基因しているのであるから、右症状のすべてが示談当時予見しえたものとはいえず、右の示談当時予見しえた範囲、示談額と前記視力障害の程度、内容、治療状況等諸般の事情を総合勘案すると被告は原告に対し右障害に対する慰藉料としてなお二〇万円の支払を求めうるものというべきである。

原告が示談金とは別にその後眼の治療費として七万七〇七〇円を支払つていることは当事者間に争いがないから、これを控除すると残額は一二万二九三〇円となる。

四  よつて、被告の原告に対する反訴請求は一二万二九三〇円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、原告の被告に対する本訴請求もまた右同限度で債権の存在が認められるからその余の部分について債務不存在を確認しその余を失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田秀文)

(別紙) 交通事故の内容

一 日時 昭和五五年二月一八日午後四時一〇分頃

二 場所 京都市西京区山田平尾町五一―一四七番地先路上

三 態様 原告運転の普通貨物自動車が車道を横断しようとした被告に衝突した。

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